子どもの頃の恋は楽しかったのに、大人の恋はなぜこんなに疲れるのか

こんにちは、矢野です。

もし恋愛サバイバル番組に出たら、
「好きな人ができた瞬間に未来の年収と親との相性まで想像してしまい、勝手に疲れている男」です。

子どもの頃の恋は、楽しかった。

好き。
ただそれだけだった。

授業中に目が合っただけで1日ハッピー。
メールが1通来ただけでお祭り騒ぎ。
電話が繋がったら一大事件。

条件なんてなかった。
将来設計もなかった。
年収も、貯金も、住む場所も関係なかった。
相手の親や兄弟構成のことなんて考えたこともなかった。

「好きだから付き合いたい」

それだけで成立していた。

でも大人になるとどうだろう。

好きかどうかの前に、

この人と結婚できるか?
価値観は合うか?
仕事は安定しているか?
親はどんな人か?
同時進行の他の候補より上か?

もうね、
恋というより審査です。

しかも自分も審査されている。

昔は、
好き→付き合う→楽しい

今は、
好き?→条件確認→比較→将来想像→不安→疲労

そりゃ疲れる。

恋をしているはずなのに、
なぜか仕事より消耗する。

今日は、
「子どもの頃の恋は楽しかったのに、
大人の恋はなぜこんなに疲れるのか」
その正体を、ちゃんと整理してみようと思います。

目次

子どもの頃の恋は「感情だけ」で動いていた

子どもの頃の恋愛が最高だったとは言えないけれど、でも恋愛って楽しいものだと思っていた気がする。

やらなきゃいけないものではなく、
好きになったから恋愛するみたいな、
ちゃんと目的と手段が順番通りだった気がする。

相手の収入や親の仕事なんて考えたこともなかったし、目の前の相手を見て「この人は一緒に生活したらだらしない人間だろうか?」とか、歳を取ったらどんな見た目になるのだろうか?とか考えたこともなかった。

つまり、今が大切だった。

大人の恋は「選考プロセス」になっている

大人になるとどうだろう?

特に、結婚を意識し出すと、
もう子どもの頃のような純粋な恋愛はできなくなる。

  • 条件を見る(年収・職業・安定性)
  • 将来を想像する(結婚・子ども・住む場所)
  • 複数人を比較する(アプリ文化)

「この人は美人だけど30歳超えて独身だから、何か問題があるのだろうか?」とか、実家が経済的に細そうだから将来的な援助は期待できなさそうだな、とか。

もう今なんてろくに見えなくなって、
条件ばかりを見て粗探しをしてしまう。

そして、相手からも結婚を前提にした質問ばかりが飛んでくる。

最近、毎日のようにLINEやメッセージでやりとりをしていて、休日になればデート。

以前だったら「最高に楽しい毎日」だと思えていたはずなのに、今は疲れるだけで全然楽しいと思えない。

好き→恋愛ではなく、恋愛、婚活→好きという、目的と手段の順番が入れ替わるようなことをしているから、ときめきもないし、ただ面接官になったような、求職者になったような、義務的な作業になっている気がする。

大人になると、感情よりも損得が顔を出す

損得で動くのは悪くはない。
それが大人になることでもあるし、子どもの頃のように好きという感情だけで動いていたら、きっと失敗する。

大人は、

  • 時間が有限だと知っている
  • 失敗のダメージが大きいことを経験から学んでいる
  • 傷つくコストが高いことを知っている
  • 別れ=時間損失と考えている

だから、慎重になるのはわかる。

だけど、あまりにも損得ばかりを考えると、恋愛は楽しいものではなく苦行になってしまう。

男女ともに「アプリ疲れ」している人も多いけれど、マッチングアプリは、大きなチャンスを与えてくれるのと同時に、残酷な比較社会の扉を開いてしまう。

学校や会社という組織では、そこにいる人の数は有限だから、一人一人にちゃんと向き合いやすい。

でもアプリを開けば、数え切れないほどの異性がいて、条件面やルックスをどうしたって比較してしまう。そして比較もされる。

結局、数が多すぎて、気づけば誰とも出会えていない人たちもいる。

疲れない恋をするためのヒント

子どもの頃のように、「純粋に人を好きになる気持ちを大切にしよう」とは言えない。

それは、大人になれていないってことでもあるから。

でももっと肩の力を抜いても良いのでは?とは思う。

そりゃ、付き合ってみたら、実は相手の背中に刺青があったなんて失敗はしたくない。でもそれで失うものなんてたかが知れている。

まずは条件よりも、直感や好きという気持ちを大事にする。ルックスが良くて、性格も良くて、家庭環境も完璧なんて人間はそうそういない。

何か問題があったとしても、付き合っていく中で2人で解決しようというスタンスが大事だ。

完璧な相手を探しているうちは、
一生オーディションは終わらない。

条件を100点満点で満たす人なんていないし、
そもそも自分だって、誰かの条件を100%満たしているわけじゃない。

なのに、
相手には完成品を求める。

これが疲れの正体だと思う。

大人の恋が疲れるのは、
本気だからでも、
年齢のせいでもない。

「失敗したくない」が強くなりすぎたからだ。

でも思い出してほしい。

子どもの頃の恋は、
成功する保証なんてなかった。

それでも、
好きだった。

返事が来るかわからなくても、
電話に出てくれるかわからなくても、
告白が成功する保証なんてなくても、

それでも、
好きだった。
誰だって一度くらい、一か八かの告白をしたことがあるはずだ。

なのに大人になると、
成功確率を計算しようとする。

でも恋は、
期待値でやるものじゃない。

大人の恋に必要なのは、
条件のチェックリストでも、
将来設計のシミュレーションでもなくて、

「この人といると、なんか楽しいな」

という、
もっと懐かしい感覚なんじゃないかと思う。

もし今、
恋愛が疲れているなら、

それは、恋を何か特別なプロジェクトのように扱ってしまっていることが原因かもしれない。

一度、
面接官を降りよう。

評価者をやめよう。

比較をやめよう。

そして、
好きかどうかだけで考えてみよう。

大人の恋は、
確かに子どもの頃よりも複雑だ。

でも、
楽しくなくていい理由はどこにもない。

恋は仕事じゃない。
人生設計でもない。

まずは、
楽しいかどうか。

そこから始めても、
遅くないと思う。

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