こんにちは、矢野です。
もし恋愛サバイバル番組に出たら、
「最後まで残っているくせに自ら、『俺一人でも全然いけるタイプです』と言って去る男」です。
最近、思う。
恋愛って、本当に必要か?って。
二人だからこそ行ける場所があって、
例えばディズニーなんかは、二人だからこそ楽しい。
誰かとご飯を食べる時間も悪くない。
手をつなぐのも、まあ時々なら嫌いじゃない。
でも。
家に帰って一人になると、思う。
「あれ? 俺、一人でも普通に幸せじゃない?」って。
静かな部屋。
好きな動画。
相手に合わせずに決められる今日の夕食。
誰にも気を使わなくていい時間。
返信を急かされない夜。
これって最高では?
それなのに世の中は、
「彼女できた?」
「まだ一人なの?」
「そろそろ落ち着かないと」
と、じわじわ圧をかけてくる。
俺たちが生きるこの世界では、
恋愛は人生の必須科目みたいな顔をしている。
でも本当にそうか?
俺は今、何回かデートを重ねている人がいる。
すごくいい人だと思う。
ちゃんとしているし、
一緒にいて疲れない。
なのに心のどこかで、
「付き合うって、ちょっと面倒じゃないか?」という声がする。
付き合ったら、これから先ずっと毎週会わなきゃいけなくなって、ついにはそれが毎日になってしまうのだろうかと考えると、居ても立ってもいられなくなる。
恋愛って本当に必須のものなのだろうか?
社会は俺たちに恋を強いる

以前も書いたけど、大人になるとなぜか恋愛はあまり楽しくなくなる。
結婚を意識しだすと、もっと楽しくなくなる。
「婚活疲れ」という言葉があるけれど、婚活が疲れるのは、俺たちのほとんどが、別に婚活したくてしているわけではないからだ。
- 周囲の「彼女できた?」攻撃
- 結婚適齢期という謎ワード
- SNSで流れてくる幸せカップル
- 一人=何か欠陥がある人みたいな世の中の空気
年齢という数字が、俺たちを婚活の渦の中に無理やり押し込む。
男女ともに、「30歳にもなれば結婚しているもの」という社会的な価値観が、「ヤバい」という強迫観念に変わり、やりたくもないマッチングアプリを始め、好きでもない人と会い、「自分はこの人とならやっていけるかもしれない…」と、自分を追い込んでいく。
「日本で生きているんだから、日本のルールに従うべきだよね?」という無言の圧に恋愛を強いられる。
いつの間にか、恋愛は選択の結果ではなく、義務になっていないだろうか?
本音を言うと、一人は快適である
マジでどう考えても、二人よりも一人の方が快適だと思う。
そりゃ年齢にもよるかもしれない。
50歳とか、60歳になった時に、「独りめっちゃ寂しいんだけど」と思う可能性だってある。
少なくとも20代や30代は、1人の方が楽だし、楽しいと思う。
異性と遊ばないというわけではない。
遊びたい時に遊んで、できれば結婚や付き合うといった社会的な契約をやめてほしい。そりゃもちろん自己都合の勝手なやつですが。
それでも付き合う意味があるとしたら

やっぱり、「好き」という気持ちを大事にしたい。
「もう年齢的に」とか、
「そろそろ落ち着かないと」とか、
「探すの疲れたからこの人でいいか」とか。
そういう理由で誰かを選んだら、
たぶん俺は後悔する。
義務で選んだ相手とは、
義務みたいな関係になってしまう気がするから。
一度も結婚したことがないから、
結婚したくなる気持ちというのがわからない。
「こんなに長くいたし、まあこの人でいいか」なのか、それとも「一生この人と一緒にいたい」という純粋な気持ちからなのか。
世の中の人たちがどうやって結婚を決意するのかが俺にはわからない。
でもいつか、その気持ちがわかったらいいなと思う。
それまではもう少し頑張ってみようと思う。
恋愛は義務じゃない。
一人でも幸せなら、
それはそれで完成形だと思う。
でも、
誰かを好きになる瞬間があるなら、
その感情だけは、ちゃんと大事にしたい。
付き合うかどうかは、
圧力で決めるものじゃない。心が動くかどうかで決めたい。
シンデレラコンプレックスの末期みたいな考え方かもしれないけれど、俺は待つ方ではなく、探しに行く方だから、「本当に一緒にいたい」と思える人に出会うまで、妥協しないし、諦めない。
一人の心地よさを楽しみながら、
ちゃんと恋もする。それが社会に対する俺の反旗でもある。

