~俺の「小さな恋のうた」返してもらっていい?~
こんにちは、元ナンパ師の矢野です。
昔の俺は言いました。
「歌が上手い男はモテる」
そう聞いて、信じて、走り出した男たちがいた。
そのひとりが、俺自身です。
目次
あの頃の俺たち、カラオケに命かけてたよな?

- DAMとJOYSOUNDの採点の違いを分析
- 「ビブラートは喉じゃなくてお腹!」と自己流ボイトレ
- カラオケで歌うためだけにミックスボイスを猛特訓
- 「あいみょん歌う男、女子ウケいいらしい」と聞いて即練習
もうこれ、トレーニングジム。
そして迎えた“披露の舞台”が永遠に来ない
- 飲み→「あ、私歌うの苦手なんだ」
- 会社の打ち上げ→「ダーツ行く人~?」
→ 披露の舞台、永久に未定。
俺の「恋(星野源)」、どこで出番なん???
ようやくカラオケ行けた時の現実
- 誰も聞いてない中で“全力でミスチル”
- デンモク奪われてYOASOBI連打される
- 歌い終わって「うまっ!」と言われるも、その場限りの賞賛で終了
恋もLINE交換も発生しない。
拍手はあっても、ときめきはゼロ。
そもそも“歌ウマ=モテる”って誰が流したん?
- それは「歌が上手くて、顔も良くて、トークもいける」人の話や
- “歌が上手い”だけでは、“友達とヒトカラに向いてる”人材止まりや
- そもそも今、女子の「カラオケ離れ」加速してないか?
→ 俺たち、昭和の恋愛兵器で令和の戦場に出てもうてる説。
でもさ、歌に救われた夜って、確かにあったよな?
- フラれた夜に熱唱した「366日」
- 片想いが爆発した時に歌った「サウダージ」
- 恋の始まりにウキウキで練習した「小さな恋のうた」
- 「この歌、あの子に聴かせたいな」って勝手に選んだセットリスト
……結局、恋に本気だった証拠なんよ、それ全部。
歌えなかったけど、恋してた。
披露できなかったけど、準備してた。
その努力、ぜんぶ“恋愛未遂の美しさ”だと思わないか?
- マイクを握った手には、ちゃんと想いがこもってた
- 音程練習の裏には、誰かを振り向かせたい気持ちがあった
- 採点画面のSランクより、S級に不器用な恋心があった
最後に:俺の歌が誰にも届かなくても、俺は俺を誇ってやる
- 誰にも聞かれない練習
- 誰にも褒められない努力
- 誰にも届かなかった恋の歌
それでも、「誰かのために上手くなりたかった」あの頃の俺たちは、
ちょっとカッコよかったと思うんだ。
まとめ:披露できなくても、俺たちは“恋を歌ってた”

- 歌でモテるはずだった。叶わなかった。でも本気だった
- 披露の場がなくても、心のステージでは歌い続けてる
- 恋のチャンスはなかった。でも準備してたその時間が、きっと次に繋がる
- 恋に破れても歌に救われた。それだけで十分、俺たちはかっこいい(はず)。
👉この記事に「俺の“ヒトカラの努力”返してくれ」と共感したら、
“モテると思って十八番にした渾身の一曲”を教えてくれ。
俺がその曲でデュエットしにいってやる。

